09.15
2017 ARTIST

【公演レヴュー】イリア・グリンゴルツ リサイタル @ ザルツブルク音楽祭 (弓 新)

チューリッヒで研鑽を積みヨーロッパ各地で活躍中のヴァイオリニスト 弓新より、日本でリサイタルをひかえるイリア・グリンゴルツの公演レヴューが届きました。
今年の夏、ザルツブルク音楽祭に登場し喝采を浴びたグリンゴルツは、同じプログラムを東京・浜離宮朝日ホールで披露します。


イリア・グリンゴルツ リサイタル at ザルツブルク音楽祭 私評 2017/8/23 


“ザルツブルク― パガニーニのカプリスを人々はこの世紀的な夜に初めて”本当に”聴いたのだ。” 
― Der Standard 紙批評より ―

この言葉を旧モーツァルテウムで開かれたあのコンサートに居合わせた誰もが感じていたであろう事を私は疑わない。
イリア・グリンゴルツ ―私より十歳ほど年上のロシア人ヴァイオリニスト― の許で学んだ三年間、この人のカプリスの録音を何度も聴きこみ、レッスンに於いては幾度もそのアプローチに触れ、時にはトリックの種明かしすら間近で見せてもらった私ですらそう思ったのである。

ニコロ・パガニーニの24のカプリス― 悪魔に魂を売ったヴァイオリニストの遺した、目も眩むような超絶技巧を集めた作品を一晩で全て演奏するという一世一代のスペクタクル...そんなイメージを持ってコンサートを聴きに来た人は良い意味で期待を裏切られた事だろう。
各ハーモニーと音程間の緊張と弛緩、パガニーニの自筆譜に書かれたフレーズ通りのアーティキュレーション、絶妙なルバート、常に全体のドラマトゥルギーを考慮した曲間の時間の取り方、効果的なヴィブラートの用法、常に音楽的ジェスチャーと内容を伴ったトリル及び装飾音...これら全てがこのカプリス ―決してエチュード(練習曲)ではない― が作曲された本来の意図、芸術の域に到達しており、グリンゴルツの見出すカプリスの本質が “技巧のための技巧“ ではなく寧ろシューマンの子供の情景やショパンのエチュードなどにもみられる、性格的小品曲集としての芸術性にあることを如実に示していた。

この晩私は恐らくこのカプリスだけでも十分満足したかも知れないが、グリンゴルツは更にサルヴァトーレ・シャリーノによるパガニーニのカプリスへのオマージュである6曲のカプリスを、音楽的連関とコントラストのもと、24曲あるパガニーニのカプリスの部分部分に挟み込んだ。
グリンゴルツが今回のプログラミングにおいてシクロフスキーとロシア・フォルマリズムの異化作用を念頭に置いていたかはわからないが、シャリーノのほぼハーモニクスとノイズのみで構成された作品との対置によって、パガニーニの作品が聴衆の耳に全く新鮮に聞こえたことは間違いない。例えばプログラム前半での、シャリーノからパガニーニへの継目の全くない移行は、あたかもノイズからカプリスが派生したかのようであり、そこでは作品の持つ時空感覚というものはクラインの壺のように繋がっていたのである。

クラシック音楽の演奏会というのは過去の作品のリプロダクションであり、何百回何千回と演奏され、録音されてきた音楽には聴き慣れた解釈という手垢、耳垢が付いている。しかし全く稀有ではあるが、そういった習慣を払い、作品の持つ真の芸術的価値を革新的に私たちに伝える事のできる音楽家がいる。それは古典音楽におけるアーノンクール、近現代音楽におけるブーレーズであったし、ヴィヴァルディ等イタリア・バロック音楽におけるエンリコ・オノフリであり、そしてこの日、パガニーニにおいてグリンゴルツがそれを成し遂げたと言って全く過言ではない。

この演奏を9/19の浜離宮朝日ホールで皆さんに是非体験して頂きたい。

弓 新
イリア・グリンゴルツ&弓新@ザルツブルク
イリア・グリンゴルツ 無伴奏ヴァイオリン・リサイタル

日時:2017年9月19日(火)19:00開演
会場:浜離宮朝日ホール
プログラム
 パガニーニ:24のカプリース(全曲)
 シャリーノ:6つのカプリース(全曲)
 ※出演者の芸術的観点より、2つの作品を織り交ぜて、独自の順序で演奏いたします。

チケット:全席指定6,000円 学生3,000円
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